曇り空の灰色

スカッとした青空の日は、気分も上がって気持ちが良いです。
半面、曇り空の日はどんよりした気分になります。文字通りの「曇天」。

けれど、毎日青空だったらどうでしょう?
いつもいつも「気分が晴れ」という状態で暮らせるかというと、不可能です。
それどころか、かえって調子を崩してしまうのが人間です。

夏のカンカン照りが続いた後、雲が太陽を遮ってくれるとホッとします。
黒い雲がやってきて、雨を降らせてくれると癒される気持ちになります。

先日、無彩色の「光と影が織りなすモノトーンのマイナス作用」について書きましたが、当然プラス効果だってあるのです。
物事はすべてにおいて表裏一体。

セラピー効果

曇り空の灰色

 過度に活動し、頑張り過ぎて疲れた時など、少し休憩したい時に。
 自分にとって強すぎる刺激から守ったり、静かに過ごしたりすることができます。
 他者との接触を減らしたり、自分を目立たなくしたりする効果があります。
 自分の動きを一時中断して疲れていることを認識でき、休みが必要ならば休むことができます。

曇りの日は、心も体も休む方へと自然に移行しますが、実生活では曇りだからと言って休んでいられませんね。
けれど、誰にとっても適度な休みは必要不可欠です。
気分転換で別の行動をしていつも元気にストレス発散をしていても、疲れは溜まります。
頑張りすぎず、ひたすら眠って心身の疲れを回復しておきたい日もあります。
選べるなら曇った灰色の空の日に、昼間でも少し薄暗い自然光の中で横になって眠ってしまうのが望ましいですね。

ただし、曇り空から天候が酷く悪化する方へと進むことがあります。
マイナス効果はとても強いので、長期間、灰色の効果が続くのは好ましくありません。
梅雨時にイライラしたり体調を崩すのがまさにそれですね。
灰色は取り過ぎると鬱々した気分になります。能動的に考えたり動いたりするエネルギーを奪って無気力になっていくのです。
休みたい時にはありがたいですが、休み過ぎてやる気が失せてしまうと逆効果。

忘れてはいけないのは、自然環境ではずっと曇り空のままということがあり得ないこと。
雨も降り、日差しも戻ります。
雲は日傘のようなもので、真っ青な空の日差しを柔らかにしてくれているもの。
傘はいずれ閉じて片付けるものですし、必要になったら取り出して必要なだけ使うもの。
自分に都合よく、自在に使いこなしたいものですね。
スポンサーサイト



「選択」「決断」することばかりの中で

「選択」「決断」はいつもリスクを伴いますね。
緊急事態宣言が夏休み開始と同時に解除の見込みということで、一気に人出が増えるような気がしています。
昨年も夏休みは家族連れで買い物に行く人も多く、普段の買い物も混雑して不便でした。
レジャーに出る人も増えるため、息抜きもままならなくなります。昨年は用事があっても外出が難しかったものです。
ワクチンを打ち終わった人、まだの人、打てる人、打てない人、行動の自由に格差が出そうなこの夏です。
オリンピックなどイベント事も開催を素直に喜べない気持ちです。公的意見はともかくとして、内心では複雑な思いを抱えている人がほとんどかもしれません。

選べないように思えることもあり、選べることで選んでもリスクがある。

「選択」ということは矛盾のある中で選ぶということです。
元々そういうもの。
進むか留まるか、挑戦するか諦めるかなどの「選択」「決断」というものはどちらかに正解があるわけではありません。
時と場合、立場や考え方、性格、目的……いろいろなポイントごとに利点と欠点がある中で選んで決めていくものです。
絶対的にこれが良いと世界中の人が一人残らず同じになることはありえませんし、似た立場や身近にいる人たちですら、同じにならないことも多いです。

そこに新型コロナで、そのことが気になり易い社会状況になりました。
それ以前の状態よりも今の状態のほうが判断すべきことが増えてしまったのですね。
余計に矛盾が生み出されるため、ストレスを抱えるのは当然のことだと思います。

私はどちらかというとかなりきちんと自粛していました。食料品の調達とメンタルケアの勉強以外で外に出ない生活を続けてきました。
動きが止まってばかりで、それなりにストレスがかかっています。
人間ですから、当然ですね。
そこで、むしろ緊急事態宣言中の夏休み前しか外に出掛けるチャンスが無いと判断して、決断を下し、平日を選んで外出しました。

家から歩いて行ける日本庭園に行き、園内を散策させていただきました。
春の花の季節が終わり、来園者も少なく、梅雨時につきお天気も芳しくなく、ほぼ貸し切り状態。
久しぶりに緑の中、流れる水音を聴きながら、心が洗われる感じがしました。

買い物にも行きました。
近所のスーパーにはない日用品や衣料品、家での生活で気晴らしになりそうなものを探しに。
公共交通機関も通勤通学時間は混みますが、緊急事態宣言のために少し空いているようでした。
それでも中心街は避け、古くからある商店街に行ったのですが、閉めているお店や、既に入れ替わってしまったお店も増え、随分雰囲気が変わってしまっていました。
個人経営ではない、大手の店舗拡大という形で入れ替わっているのも目につきました。商店街らしさは消えていきます。
行きたかったお店も店じまい。この一、二年の大変さを目のあたりにしました。
互いに状況が苦しい中、助け合える余裕もだんだん無くなりつつあるのでしょう。
自粛して籠っていたら世の中の様子を肌で感じることはできませんでした。

自粛にも利点と欠点があり、出掛けることにも利点と欠点がある。
どっちを選んでも手放しで良いとは言えませんし、悪いとも言えません。
どちらもマイナスに転んだ時のリスクが大きいです。
それでも、自分の決断と行動をプラスに考えられたらいいですね。

心が乱れても社会に迷惑をかけることがあり、生命の危機に晒されることがあります。
感染しても社会に迷惑をかけ、生命の危機があります。
どちらも健康を損なう可能性がありながら、どちらも健康へのアプローチでもあります。

心と体、「体(命)のほうが大切というのが常識」と思う人が多いかもしれませんが、実際は心失くして体を維持しても意味がないこともあります。
どちらかを取れというのは究極の選択ですが、その時々に優先順位を変えながらどちらも大切にして、バランスを取って生きていくのが人間です。
その人がするその選択を他者が揶揄することはできませんね。
安全な治療薬が普通に手に入るようになる日まで、人によって選択のポイントはかなりばらつくと思われますが、他者の考えを尊重する気持ちを失わず、他者を一方的に批判することなく過ごしたいなと思っています。

光と影が織りなすモノトーンのマイナス作用

白、灰色、黒という無彩色。これは分類上、彩度が無く、明度だけがあるもので「色」ではない括られ方をします。便宜上「色」ですけれも。
何色であろうと光の無いところでは黒になり、明度の分だけ灰色になっていきます。
カラーセラピーにおいてもこの無彩色、モノトーンは特殊な色扱いです。
明度は常に身のまわりに存在し、無くなることはありません。
光と影が織りなすこの明度は、人の気分に強く影響を及ぼします。
疲れた時、休みたい時は灯りを暗くして薄暗い部屋にしたほうが落ち着きますし、体を動かしたい時は明るい戸外のほうが気持ちが良いですね。
そうして常に自然に人に取り込まれているので、それを明確化し、カラーセラピーで取り入れると強い力を発揮し過ぎることがあります。

日常にカラーセラピーを心にも体にも取り入れやすいのが料理ですが、モノトーンの料理はたまにはよいけれど、あまり意識して使うのは避けたいです。
白いご飯に焼き海苔。例えば、塩にぎり。
これは未来に光が見えるタイプで、プラスに強く作用するものの代表格。米、塩、海苔というそれぞれのイメージの組み合わせによる、「シンプルな人の営み」「原点に帰る」というイメージを持つ日本人にはプラス効果が高いです。
ですが、調子が落ちてきている時、人間関係が滞っている時、体調が優れない時に、白黒のものを取り込むとどうなるでしょう。
カラーセラピーは扱い方によってはマイナスにも作用する。慎重に扱うべきものでもあるという例を紹介しましょう。

カラーセラピー料理「イカ墨と豆腐のスパゲッティ」のこの記事で、これを作って食べて調子を崩したとありますね。
イカ墨や豆腐やスパゲッティが悪いのではなく、純粋に色ですね。この人のその時の状態にはマイナスに作用してしまったのです。本人も無意識に危険を察知していたらしいことが文面からも伺えますが、そういう時は無理して突っ走らないほうがよいですね。
ウイルス感染を抑えるために人との接触の少ない生活を余儀なくされている状態が長い中、人間関係は希薄です。
外に出て活発に活動もできず、特別家でトレーニングでもしていないと、体力は落ちているでしょう。
心身ともに知らず知らず、弱っている人は今、とても多い状況です。

モノトーンには白黒はっきりつける、煩わしいものを避けて静かに過ごせて落ち着くというプラス効果の半面、他と線引きする、絶縁するというマイナス効果があるのです。イメージされるキーワードは「諦め」「無気力」「絶望」「破壊」などですね。
「諦め」てしまうマイナス効果は、人が生きる上で計り知れないです。「無理なことは諦めなさい」程度の「別のやり方をしよう」「時期をみて再チャレンジしよう」という前向きなことを含む「一時的な諦め」ならいいのですが、強くマイナスになると「絶望」へと移行します。
それは、心も体も自力で復活することを諦めてしまう状態ですね。

便利なカラーセラピーですが、扱いには要注意。浅い知識でむやみに長期的、印象的に利用し過ぎないようにしたいものです。
インテリアやファッションなどにモノトーンは便利で、ついつい多用する人も多いですが、やる気が失せていないか、他者や周囲の状況に対して不満が溜まっていないか、時々チェックが必要です。
継続的になんとなくそんな感じという場合はモノトーンの影の影響を受けすぎている可能性があり、要注意です。
その場合は、モノトーンの使用をしばらく控えてみることをお勧めします。
カラーセラピーは自分の状態に注意を払って利用しましょう。

消化器系が疲れている時に

カラーセラピーは単に「気分的なもの」と思い込んでいる人も多いようです。
確かに「感情(気分)」が欠くことのできないポイントです。
が、カラーセラピーをしていると色と体の関係というものに遭遇することがあります。気持ちと体は密接に繋がっているわけですから、「色と心」と同じように「色と体」も繋がっていても不思議ではありませんね。
スピリチュアルなことに興味のある方がおっしゃるように「チャクラカラー」という考え方があります。
カラーセラピーをしていると、不思議なことにその考え方を知らない人でもその色の選択をすることに驚かされることがあります。
体調を崩している人、どこかに病気を抱えている人で、その病気が気になって仕方が無い、そこが大問題だと思っている人は、患部の色に反応することがあるのです。
心理に集中して読み解いてしっくりこない時、体の状態で「ああ、そうだったのか」と納得することがあります。

心だけでなく、体も健康でなくては軽やかに人生を歩けませんね。

今日のカラーセラピー料理は「おろし人参の三色うどん」です。
大根おろしならぬ人参おろしをたっぷりとうどんにのせて、つゆをかけていただきます。
リンク先の文面にキーワードが目につきますね。

「抑え込んでいた楽しさ」
「食欲が頭をもたげてきた」
「(楽しいことが)終わってしまったショックから立ち直りたい」

オレンジは「団らん」のイメージです。人と楽しく会話しながら食事を囲む。多くの人と楽しく過ごすことがイメージされます。
半面、他者や状況、環境によって傷つけられる「痛手」のイメージが伴います。

「オレンジ色を渇望していました」

つまり、「渇望するほど痛手を受けている」ということですね。新たな痛手の場合も、古傷が蘇って傷む場合も、小さな継続的な痛みの蓄積の場合もあります。

「火を通す気分ではありませんでした」

この言葉で、ああ、心理面もそうではあるけれど、体もやられているなと気づきます。
オレンジは「団らん」つまり食べることと密着したイメージ。
その上に最初に書きましたようにチャクラの色の考え方をチェックすると体の不具合が納得できます。
オレンジは「腸」に当たりますね。
そこに「生野菜=酵素、胃腸の調子を整える」といったイメージです。

フレッシュなオレンジにプラスして卵で表現している黄色。黄色は「胃」に当たります。
法蓮草で取り込んでいる緑は「心臓」や「呼吸」に関係しますが、そこが弱ければそこも不具合がありますし、それがあっても無くても、緑はバランスを整えるイメージ。

これは「消化器系のバランスを整えたい」と全力で頑張っているようなものですね。
このバランスで消化に良いものを数日続けていただければ、体調は改善するでしょう。

ところが、この人、この数日後に胃腸の不調を訴えました。
この1回だけ自分が欲していたものを食べて、その後、我慢して家族に合わせたものを作り、不規則な家族の時間に合わせて食べてしまった結果です。
自分のピンチの時は、もっとしっかり自分の心の声に耳を傾け、家族よりもまず自分自身に寄り添ってあげるべきでしたね。
プロフィール

kokoromidokoro

Author:kokoromidokoro
こころみどころ双月のセラピスト

©こころみどころ双月2016/07/01

生きづらさや人に言えない悩みを抱えてしまった時には声をおかけください。
こころみどころ双月はあなたの思いに寄り添います。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR