子育てのこと 4 大泣きして物をねだる子

「買ってぇー、買ってよぅ」と、お店の売場で大泣きしている子に、時々遭遇しますね。
「だーめ!」と答えるお母さん。
きこえてくる理由は色々のようです。
「この前も買ったばかりでしょ」
「すぐ飽きてどこかで失くしちゃうじゃない」
「お家に同じのがいくつもあるでしょ」
「そんなの買ったって、使い道が無いでしょ」
「今日はだめ、今度」
子どもの反応は大体同じです。
否定されればされるほど、声も動作も大きくなります。
どちらも必死です。
親は人目も気になって恥ずかしいし、躾としていつもなんでも買うのは良くない。
子どもは「欲しい気持ち」に集中して、なりふり構わず頑張ります。

この時、子どもって何にも考えていないと思いますか?

とんでもない。
子どもは親以上に凄く考えています。したたかに。
例えば、誰かが困惑して一度でも買ってくれた(そういう場面を見た)経験があると、そこを目指します。
反対に、それをすることで逆効果な経験があれば、騒がずにねだります。
概ね買ってもらえる経験があるとねだり方はおだやかになりますが、手に入らない時の抵抗は激しくなります。
どう頑張っても買ってもらえないと知っている子は、そもそも欲しいと言いません。
また、その時の「相手が誰か」でアプローチを自在に変えてきます。
その様子を観察すると、その子の脳がフル活動していることがわかります。
どうやったら手に入るのか、過去の経験の記憶を手繰り寄せ、選別し、より効果的だったことを実行し、新たな方法も探っています。

そして何より、「欲しい」には「欲しい気持ち」の奥に「欲しい理由」があるのです。

子どもは訴える時に理由を忘れるほどに「欲しい」に集中してしまいますし、周りの大人は「欲しい気持ち」に振り回されています。
お互いに、「欲しい理由」を見失っています。
そうなってしまうのはうなづけます。
人目があります、出先です、買い物途中です、帰宅間際です、急いでいます、等々。

そこで、ぐっと大人が堪えて「欲しい気持ち」とその奥にある「欲しくなった理由」について聴いた後で、親の気持ちや状況を伝えたら……少し違う反応が返ってくることも多いはずです。

その場でそれができれば苦労はありませんが、なかなかその場の状況で難しくてできないのでどうするか……。

そんな時、「欲しくなった理由があるんだよ」という子ども声があることを、頭のどこかに置いておくだけで、子どもを無理矢理抱えて連れ帰ったとしても、その時に「我儘言わないの!」ではなく、「今日はごめんね」と言いながらできるかもしれません。
そして、お互いが落ち着いて話せる時間に、あらためてその件について子どもとの対話が可能になるでしょう。
親子であっても、いえ、親子だからこそ、コミュニケーションをとって関係を深めるには、言いたいことを言い合うだけでなく、聴き合うことが大切ですね。

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おすそわけ

その日、いつものようにパンを焼いていました。
朝に酵母菌と粉を混ぜ、時間をかけて自然発酵。
なんとなく、いつも自然任せ。
その時々の出来あがりにはムラが出ますが、自宅用なのでその時々の環境で酵母菌がどう働くかを楽しんでいます。
無理に管理しないで自由に。
その土地の歴史ある伝統的なパン酵母だそうで、昔の人はこうやって自然のまま、家の中で火の傍や風が通る場所を季節ごとに選んでおき場所を変え、ナチュラルに、大らかに暮らしていたのではないかと勝手に思っています。
それで、冬は自分の膝の上で暖めながら、夏はテーブルの上でダラダラと時間をかけて発酵するのを愛おしみつつ、応援するような気持ちで眺めています。
いつからか、そのパンを焼く日は私にとって、長い時の流れや大きな自然の恵みを思いながら心を整える時間にもなってきているようです。
途中で捏ねて、成形して、二次発酵。
順調に発酵すれば夕方から焼き始めるのが常です。
そのままも、中にハーブやチーズ、ナッツやドライフルーツを入れて焼いても美味。
外側がバリバリと硬くて、ずっしりと重みのある素朴な食事パンになります。

焼きあがって一息。
ドアチャイムが鳴りました。
慌ててマスクをつけて玄関に……。

ご近所さんでした。
「こんなに食べられなくて…」と、たくさん頂いてしまったからと和菓子のおすそわけ。
こういうお気持ちが嬉しいですね。
そして、玄関先でちょっと立ち話。
これも素敵なことです。
「甘いもの好きだけど一度にはね~」「体の心配もあるけどね~」「でも、好きなものは少しは食べたいしね~」などと他愛のない話。
この何でもないような会話ができることが、なんとありがたいことでしょう。
その感謝の気持ちを何かもっと伝えたくなりました。
そこで、「そうそう、今、丁度パンを焼いたところで…」とパンをさしあげました。
「もう甘いものは今日は十分だけれど、砂糖不使用の甘くないパンだから」よいでしょうと……ただし、新型コロナの時に手作り品お渡しするのもどうかと思い、お食べになるかどうか確認をしてから。

「あら、温かいわ」とおっしゃってマスクしていても分かる笑顔を見せてくださいました。
いつもは「いただきものが余りそうでおすそわけする」という自分にも相手にも環境にも良いことに対して、なぜか申し訳なさそうなご様子の不思議なご近所さん。
ですが、その日はなんだか嬉しそうな、軽やかな足取りでお帰りになる後ろ姿をいつもよりもっと嬉しい気持ちで見送りました。

こちらは美味しい和菓子をお茶のおともに、幸せな気分でその日の夜のリラックスタイムを過ごさせていただきました。

そして、翌朝のこと。
郵便物を確認にポストを開けたら、宛名も無い茶封筒。
裏を返すとご近所さんのお名前。
パンのお礼のお手紙でした。

そのお心遣いのなんと嬉しいこと。

人間関係はこうありたいものです。
物の受け渡しが重要なのではなく、心の受け渡しができてこそ。

お喋りも物のやり取りもはばかられるような今のご時世ですが、人の健全さは人との心のやりとり無しで維持できません。
感染対策のためにウイルスと人の距離は取らねばなりませんが、目的を忘れないでいたいです。避けるべきはウイルス。
ウイルスではなく人を避け、人を警戒するような気持になってしまうと、とても生きづらくなります。
人と人との心の距離を広げないように、心は近くして暮らしたいものですね。

周囲に振り回されてしまう時に

会社でも家庭でも、遊びの場でも学校でも、こういうことがよくありますね。

何かをやろうとした時、周囲の人たちの意見や思いに振り回されてストップがかかる。

やりたい気持ちを邪魔する人、足を引っ張る人は必ずと言ってよいほど存在して、人だけでなく環境や状況もあります。
周囲の意見は大切ですし、喧嘩はしたくないけれど、それを気にするあまりに自分のしたいことができなくなってしまうことは多いです。

自分が進みたい道を進む時、周りのすべてがゴーサインになるなんていうことは、現実問題として少なく……むしろ稀有なことと思います。

何かを優先するなら、何かを諦めなくてはならない場合も出てきますね。
両方を手に入れる方法がなければ、どちらかは現段階では切り捨てる必要があります。
それがすっきり気持ちよくできないと悶々とします。

そんな時には、黒。
自分の中で優先すべきことは何か。白黒はっきりつけましょう。

カラーセラピーになる料理の一例としての今日の紹介は「ブラックオリーブのカルボナーラ風」です。

このパスタのいいところは真っ黒じゃないところですね。
お皿の白とオリーブの黒で、今優先すべきものとそうでないものを、要・不要を選別。
とりあえず全部を受け止めて、要らないものを消す力のある白。
余計なことは聞き入れてしまわないように止める力がある黒。
白黒はっきりした無彩色の力を上手に利用しましょう。
そこに、卵の黄色で、自分が成功する方向へと思考が働くのを助けます。
ソーセージの桃色。自分の素直な気持ちを呼び覚ます力ですね。人間関係をあまり崩さずに自分の力を出せそうです。

自分の気持ち、やりたいことは大切にしたいですし、そうしなくては心の健康は維持できません。
けれども、いつも自分優先にできるわけでありません。
自分を出し過ぎても周囲と軋轢が生じますし、周囲に譲り過ぎても自分の調子が悪くなります。
多くの場合は状況がこうだから、あの人がああ言うから……などと考えがちですが、少し自分を振り返って見ましょう。
相手の気持ちを想像しているだけで、きちんときいて確認していなかった、なんてことはありませんか?
相手の言葉の裏にある本音は、本当に言葉通りだったでしょうか?
誰にも言われていないのに忖度していませんか?
自分も「ダメだ、できない、自信が無い」と心の内で思っていたのではありませんか?

実際に、やってみなくちゃわからない。
直接、きいてみなくちゃわからない。

頭の中だけで判断して結論を出してしまって、自分で自分を追い詰めているところが無いかどうか、見てみましょう。
自分で自分を苦しめる必要はありませんからね。
いろいろある上手くいかない原因の中に、もしも、自分が原因というところが見つかったらラッキーです。
そこを片付けて難問の一部を減らすことができます。それから落ち着いて、どうやったらうまくいくかと考えて、またチャレンジができますからね。

「不要不急」も人それぞれ

まん延防止等重点措置と緊急事態宣言。もう、聞き飽きたという人も多いようです。
コロナの話なんてしたくない気持ちの人も多いようです。
昨年の今頃はコロナに関する不安で苦しむ人が多かったです。
今は、コロナの中での生活に慣れ、仕事がある人は普通の生活に移行したい様子です。
収入の無い人は外へ出ればお金がかかるので、否応なく自粛で我慢の様子です。
収入の有無による心の温度差は以前より大きく隔たってしまったように感じます。
マスコミは収入があった人に対しての報道ばかりしているようです。
テレワークできていて自室での生活を充実させるために物を買っている人がニュースで映りましたが、そういう生活が可能な人はほんの一部でしょう。その贅沢さを見て心を痛めた人が自分を含めて実際どれほどいらっしゃるのだろうと考えてしまいました。
マスコミが外出を控えるように言いつつ、「デパートでフェアをやっていてこんな食べ物を売っています」「あちらではこんなイベントが開催されて楽しめます」と紹介しているのも、複雑な気持ちにさせられます。

「不要不急」
これは人によって全く内容が異なります。
レジャーとして旅行した人にとっては、そのレジャーは「不要不急」に入らない。
旅行を我慢して大型商業施設に家族で気分転換に行った人にとっては、その気分転換は「不要不急」に入らない。
冷蔵庫が空っぽになって日常の食糧の買い出しにスーパーに行った人にとっては、その買い出しは「不要不急」に入らない。
外食できないからと家で集まってバーベキューでもと買い出しに行った人にとっては、その買い出しは「不要不急」ではない。

それぞれ「不要不急」の中身は異なります。
病気の感染ということを考えた時には、とても悲しいことですが、これは人間である以上致し方ないことでもあります。
検査で今日陰性でも、明日は陰性とは限らない。
外へ出ても、実際に感染するかしないかはわからない。
感染したら軽症かもしれないし、重症化するかもしれないし、死ぬかもしれない。
そういう不確かな危険が長く続き、そのなかで「不要不急」は自己判断に任される。
そうなれば、個人の価値観でばらつきが出るのが当然の成り行き。
皆、自分の体と心を保たねばなりませんし、何がその人の体と心を維持させるかはその人ごとに異なります。
だから、自分の価値観で他者を批判しないでおきましょう。
だから、正しい客観的な知識を増やして他者を守る行動をしましょう。
我慢の限度や我慢できる内容にも大きな個人差があります。
自分が自己中心的な思考になっていないか、できるだけ多角的に物を見て、考えて行動したいものですね。
かつて日本は世界の中でも他者に優しい国、親切な国、自然と共存するエコな国という評判でした。
自然が豊かで穏やかな島国の風土で生きる人たちは自己中心的ではなく、他者や他の生命を大切に思い、感謝の心を持って暮らしていたからでしょう。
コロナが勢いを増している今、まずは他者を大切にという気持ちで過ごしたいなと思っています。



子育てのこと 3 働くことの是非

社会で働く女性が一般的になりました。そのことに誰も違和感は感じないと思います。
しかしながら、子育て中となると、仕事をやめたり勤務時間を減らしたりする傾向にあります。
独身時代から結婚、出産と進むにつれ、同じ職場で継続勤務することが難しくなるのは、今も昭和時代と変わらないような気さえします。
学校卒業と同時に正規雇用となった会社でキャリアを積みながら結婚し、子育てし、親の介護までしながら定年までとは想像し辛いですね。

女性と仕事。
世界の先進国と言われる国々の中で就職率、雇用形態、給与などの面で比較していくと、日本は明らかに遅れている方に属するというデータが出ているそうです。
子育て中の女性が社会で働くと母親の勤めがおろそかになるという暗黙の思い込みがあり、女性は家事優先の立場、結婚して従属する立場というイメージが根強く、男性と同等に働けない(男性のほうが役立つ)と暗黙に括られて扱われ、女性の給与が男性に比べて平均するとかなり低く抑えられている日本社会です。

私も土日休みの少ない仕事をしていて、それを夫に責められて辛い子育て時期を過ごしましたが、実際は、母親が仕事をしているからといって子育てに悪影響はありません。
仕事をしていると子どもと接する時間が短いのは事実です。仕事をしていると家事との掛け持ちが大変で時間の余裕がなくなりますが、それで仕事時間と家事多忙中にべったりできないことが子どもに悪影響とは言いきれません。

子育てのこと1で書いたように、子どもは自分の周りのどんなことも経験し、自分で取捨選択して成長します。
母親が本当に手が離せないとわかれば、乳児でさえ甘え泣きを待ってくれるものです。
子どもの気持ちをきちんと受け止めて愛情を伝え、現実の状況を伝えれば、その子にとって緊急時でなければ待ってくれると思います。
私は出産後、子どもが1歳でぐらいで保育園に預けて非正規雇用のフルタイムで働いていましたが、働く前の専業主婦の時も、仕事を始めた後も変わらず、甘えたいアピールをした後、今は手が離せない状況だな、気持ちがイライラしているなと気が付くと、待ったり、我慢したりして譲ってくれたものです。
接する時間が少なくても、子どもがその時は寂しいと思っても、日々の生活や成長の過程で、親の愛情が離れていないと感じられれば子どもは大丈夫です。

忙しくて一緒にいる時間が短くても、気持ちに寄り添い、気持ちを伝えることができれば、働きながらの子育てで子どもに悪影響は無く、寧ろ一緒に長時間ベタベタするよりも良い影響が出ると思っています。あるベテランの保育士もそういう事例をたくさん見てきたと語っていました。
長時間べったりと一緒に過ごすことがマイナスとは言えませんが、その状況に起こりやすい「無意識の過干渉」が、一番子供に悪い影響が出て、怖いことです。

人間は年齢性別関係なく、誰だって一人の自由な時間が欲しいものです。自分の考えで好きに過ごす時間が必要ですから、同じ家で過ごしていてもそれぞれ自分のことに安心して集中できるプライベートタイムが必要です。
新型コロナウイルスで家族がずっと顔を付き合わせていたら、喧嘩するようになったというのはその典型的な例ですね。
どんなに仲良し家族であっても、ある程度の時間は離れて一人でリラックスして好きに過ごせなければ、家族と一緒にいること自体がストレスに変貌する危険があるのです。

親も子も、妻も夫も、「母親だから」と日本社会が暗黙の了解のように課す「役割」に縛られて、思い詰めないでいたいものです。
母親である前に一人の人間、子どもである前に一人の人間です。
人間と人間は対等です。
譲り合う時、助け合う時、喧嘩する時、甘え合う時、一緒に居る時、別行動する時……。
いろいろあってこそ、親子に限らず人間は誰でも経験値が上がり、よりよく成長できるもの。どんな経験も成長の糧ということを忘れずに、大らかな気持ちで子育てをしたいものですね。

プロフィール

kokoromidokoro

Author:kokoromidokoro
こころみどころ双月のセラピスト

©こころみどころ双月2016/07/01

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こころみどころ双月はあなたの思いに寄り添います。

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