家族の謎

家族の人間関係って本当に難しいし、謎だらけだなぁと思います。
夫婦はよく言うように他人ですから上手く行かないことも多いはず。
その点、親子は血が繋がっていて長年家族で気心が知れていて
一番分かり合える関係であると、多くの人がおっしゃいます。
でも、私は「それって理想でしょ」って感じます。
「理想と現実は違うでしょ」って……。

親はこうあるべき、子はこうあるべき。家族はこうあるべき。
家族関係の理想というのは「べき」でできているような気がします。
それも、過去の社会を形作って来た昔の人の「べき」。
それが自分に都合がよいと思っている人の「べき」。
「べき」は、つまり「押しつけの考え」です。

今、この時代、この瞬間を生きる一人ひとり違う人間すべてに
当てはめてしまってはおかしなことになるのは当然ですね。

家族だから何でも話す「べき」
まず親に相談す「べき」
親の言うことをきく「べき」
親子は仲良くする「べき」

そんな「べき」だらけの理想の家庭は存在できません。
誰かに負荷をかけ、別の誰かの理想に合わせているからです。

誰にも負荷がかからず、親だろうが子だろうが、年齢性別立場関係なく、
個々の人として自分らしさや自分のの生き方、考え方を貫けなくては。
そこに互いを尊重する気持ちが自然に存在し、信頼関係があるのが
本当の理想の家族関係。

理想は理想。現実は現実。
「家族だから」なんて思いすぎると「べき」に絡まってしまいます。
少し視野を広げたり、経験を積んだり、ほかの人と話をしたり、
自分で深く考えたり、客観的に見たりして、心の体験を増やしていって、
お互いが自分の本当の気持ちと相手の本当の気持ちに気づくことができたら、
居心地がよくなります。
家族関係は「夫」「妻」「親」「子」という役割や立場の関係ではなく、
あくまで「人」と「人」との関係なのです。

そんなことを、理論じゃなくて、またしても実体験している今日この頃です。

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自分を見つめたい時に

先が見えない時、迷っている時、どうしますか?
一番いいのは当然いつも同じ答え。
「真に信頼でき、自分を尊重してくれる人と話す」
ですが、そうはいかない場合がたくさんありますね。
今は他者と接触を控えろなんて言われて、会ってゆっくり話もできない気分。
そんな時は、自分で自分を見つめてみましょう。
ただし、決して自分の悩みや苦しみを掘り下げるのではなく、
その出所である「自分のことを観察」してみてください。
自己分析なんて言いますけど、そんな難しい言葉じゃなくて
軽く自分に語り掛けるようにして自分の気持ちを聴いてみるのがいいなと思います。
気分の落ち込みというのは理屈じゃない、感情の問題ですから。
理論的におかしいからと自分を責める必要は皆無。
「そう感じちゃったんだもん」「だよね~」
っていう会話をもう一人の自分とやってみる。
それが観察。

自分監察を手助けしてくれるのがインディゴ色。
ヨーロッパではインドから入って来たタデ科の植物で染めたことから
そう呼ばれます。日本では藍の深い色。紺色。
その色を食べ物で取り入れるなら、こんな料理。
ブルーベリーゼリーです。
自然の物で青い食材は少ないですから、こういうお料理の紹介は貴重ですね。
色の効果があるからと言って人工の着色料は使いたくない気持ちがします。
やはり体に良いものは心にも良いので。

色の話 海の青

日本では、一般的には、海は青のイメージです。
 「青い海」と言われると、比較的穏やかな時の海を連想しますね。

 青は内省的な静かなイメージの色ですが、
 海となると少し違ってくる気がします。

 青い海は、全てを包み込んでくれるように感じることがあります。
 広い心、やさしさで見守ってくれているようです。

そして、寄せては返す波。

どんなイメージですか?

近づいては遠ざかり、寄り添っては離れ、また寄り添う。
 着かず離れずのいい関係のイメージです。

そして、語り合っているかのようです。

 海を見ていると、癒される感じがするのは、
ただ静かなのではなく、波の動きが影響していると思います。

そして何より、海は生命の源。
 母なる海。

 海には多種多様な生物が生き、常に多くの生命が生まれ、育まれています。
 太古の昔、命は海から誕生し、進化したというのが通説です。

 自然にやさしくなれて、愛を感じられます。
 生きていること、他者に寄り添うこと、対話すること、
よりよい関係を保つこと。
そういうよいイメージが浮かんで、癒されるのですね。
 少し、汚いものも洗い流してくれそうですし。


セラピー効果

海の青

 自分本位になってしまい、カッカと怒ったり、イライラしたりした時に。
 喧嘩した時に。

 「青い海」に出かけてみましょう。
 映像を観たり、頭に思い浮かべたりしてみましょう。
クールダウン効果や、おおらかな気持ちになる効果があります。
やさしい気持ちを取り戻して、対話する方向へ導いてくれることでしょう。

落ち込んだ時には

セラピストやカウンセラーは自分に正直で偽るところや隠すところ無く、
さらに他者と接するときに気分が安定していないと他者のケアはできません。
とは言え、皆人間です。
気持ちが落ち込む時や良くない気分に襲われることはあるものです。
他者のケアの前に常に自分のケア。
先日は黒い料理を紹介しましたが、今日は反対の白い料理を紹介します。
ウインナーの白い麻婆豆腐です。
無彩色のモノトーンカラーは色が無いのですが、力が強いです。
黒は自分の世界を塗りつぶして隠して、反省材料を失ってしまいますし、
白は抹消してしまって空っぽになってしまうこともあります。
灰色は物事が曖昧で不確定になり、判断も行動もできなくなります。
モノトーンの多用は周囲が見えなくなり、手掛かりを失ってしまい、
動けなくなることも多いのですが、
その状態というのは人にとって居心地よいとは決して言えません。
過去も現在も未来も、自分の存在する世界、自分自身の存在を消すと、
辛くなって、その場から動きたくなり、仕切りなおしてスタートする
気持ちが湧いてきます。
そこが白と黒のプラス効果の一つです。
黒ばかりに目が行くなら、敢えて反対の白を。
その後、他の色が目につき始めたらどんどん元気が出てきます。
鬱々した気持ちや落ち込み具合を心配する必要はありません。
人間は色々な局面でよく落ち込む生きものです。
落ち込めるのは、人としてきちんと心が反応できる証拠。健全だからです。
そして、決して落ちたままを保つことができないのも自然の摂理です。
感じていようが感じていまいが、時間は経過し、物事が常に流動して
いる中で、自分だけ全く変化せず、留まっていることは実は不可能なこと。
だから、落ち込めることは悪くないこと。
安心して自分の落ち込みを眺めてあげてください。
そうかそうか、と自分の声を聴いて、慰めてあげてください。
自分一人で苦しければ、どうぞ、周囲の信頼できる人や、心ある人の
ところへ行って語って見ましょう。
落ち込める素敵な心を持ったあなたを、こころみどころも歓迎いたします。

落ち込んだ時は黒色に惹かれることもあります。

この夏、久しぶりに病院に泊まって来ました。
ただの検査入院で気楽にでかけましたが、大部屋の他の人たちは当然、深刻な状態です。
少し認知に問題が出てきつつある中で糖尿をかかえた人、常備薬を山ほど持って目の
手術に来た人、10代なのに進行性の病気が発覚して緊急手術に来た女の子、嚥下できず訓練中で大変な人等々…。
真っ暗な気分を抱えている人たちの前で医師は極力感情抜きで接していて、看護師はその人なりに一生懸命優しくしようと心がけていて、いろいろ考えさせられました。

もう、どうにも立ち直れない時、恐怖と不安でいっぱいの時は無理しなくてもいいです。
真っ黒な気分なんだと認めましょう。ただし、「今、この瞬間は真っ暗な気分」と。
そんな時はカラフルな色など目に入りません。
そんな日は服装でも黒やグレーのほうが落ち着きます。
だったら、黒いものを食べてみてもいいと思います。全面海苔で覆われたおにぎり。
おしゃれにするならこんなイカスミリゾットもいいですね。
このリゾット、お皿が白地に薄い黄緑系なのもいいと思います。
黒の反対は白。真っ黒な所に裏返しの意味のあるもの。
そしてそこにお皿の黄緑とリゾットの上の生気ある生ハーブの明るい緑。
色を失った気分の時に世の中には色があるのだと思い出させてくれます。
黄緑は癒しと救済、健康の色。そしてこれから自然体に育ちゆく成長の色です。

たっぷり落ち込んでもいい。
落ち込んで、落ち込み切って「ああ、十分落ち込んだな」と感じられたなら、
必ず復活できる。
それが人という素晴らしい生きものです。

余裕を持つためのカウンセリングを

今年はなんだか暗いニュースばかりで、抗えない自然の猛威に、強いウイルス、
絶望的な気持ちを味わっている人がどれほどいらっしゃるか。
キーを打つ手も止まりそうな日もあります。そんな中で、何よりも、
人が人を追い詰める事態は避けたいです。

追い詰めてしまった人も、追い詰められてしまった人も、モヤモヤして何か
調子悪いと思う人も、恐れず、心配せず、もっと気軽にセラピーにと思います。
日本は変に嫌がるところがありますからね。
こころの病は人間である証であって、ある意味人として正常な証拠。
決して恥ずべきことではありません。こころを整えることで能力がアップして
今以上の力が出るものですから目標達成のために、病んでいない人も西洋のように
当たり前にカウンセリングを受けるほうが良いのです。

さて、今日はこんな料理はいかかでしょう?
レッドキャベツ入り野菜たっぷり焼きそば
野菜の栄養もたっぷりで、心身共に元気になりますね。

自分のこころが疲弊すると、つい他者への気遣いを忘れます。
余裕がなくなるのですね。
でも、日常に目の前にしている人も、ネットの中で出会う人も、同じ人間。
忖度はしたくないけれど、相手を嫌ってものを言ったり自分のモヤモヤをぶつけたり。
そんなことはしないでいられるように誰もがなりたいものです。
酷い言動の人に出会ったら「ああ、この人は今苦しんでいるのだな」と私は思います。
自分が楽な状態でいると他者の些事など気になりませんし、少しのことで腹を立てたり
誰かを批判や攻撃、教育(こうあるべきという押し付け)をしたくなったりはしません。
今の社会状況で、楽な気持ちでというのは困難ですから、
少しずつでもケアをして、できるだけ平らかなこころで過ごしたいものですね。

心と体のどっちの健康が大事?

また、少々ショックを受けました。
自分が人として生きている証拠ではありますが、
小さな心の怪我は体の怪我より頻繁にするものですね。

今年は人と直接会うことに過敏に反応する人が増えました。
そんな中、リモートでは本当にはできないメンタルケアだからと
外に出掛けることがあります。
人と直接会うことがどれほど人の心にとって重要で、どれほど
欠かせないことかを語ることもあります。
そうすると……必ず、批判する人に出会ってしまいます。
感染防止はどうするんだ、感染を広めるつもりか、
その行動が人の迷惑になるという自覚はあるのか、と。

その人たちは、どうしようもないほど不安なのでしょう。
体の健康が損なわれることを何より恐れているのです。
心より先に体を大事に思う人たちなのでしょう。

心の健康(メンタルケア)と体の健康(感染リスク回避)はどっちも大事です。

でも、最終的に追い詰められた状況になった時、私が選ぶのは心です。
私は人でありたいのです。
心が無くなって抜け殻でロボットで自分を見失ったまま生命維持をするのは
死ぬより辛いと感じたからです。

どっちを選ぶかは人それぞれで、どちらが正しいということはありません。
そもそも、心と体があってこその「健全な人」ですから。

健全じゃなくていい、とりあえず……まずは、人でありたい。

私はそう思ったので今があります。命もあって、人でもあります。
逆の選択をしたら、私の場合は人ではなくなり、その結果体がボロボロになり、
命が無かったかもしれません。

心と体。どっちも大事。
どちらかが悪くなるともう一つも悪化しやすくなります。
どちらを先に、どちらを優先してケアするかは本人の気持ち次第です。

その都度に本人がする選択、本来本人の自由である選択について、
他者や世間の風潮や理屈など本人以外の物差しをあてて批判せず、
その結論に至る本人の想いを感じられる人でありたいですね。

壁にぶつかっても

とかくうまく行かないことは多いです。
「誰でもそうだ」と言われると私はとても嫌な気持ちになります。
例えば同じ壁にぶつかっても、感じ方は人それぞれです。
物理的なことだけ言ったとしても、全然違います。
同じ強さで頭を壁にぶつけたとしても、打ちどころは皆微妙に違うし。
「イテテ」で済む人、たんこぶができる人、流血する人、脳震盪を起こす人。
体ですらそんなに違うのです。
心が「誰でもそう(同じ)だ」ということは皆無でしょう。

そんなことを思いました。

先日、こころみどころのチラシを掲示してくれませんかとあるお店に頼みに行ったところ、「こんな時だから(人との接触はよくないから)検討します」と言われました。
暗にお断りです。
人との生の接触ができないから心が苦しくなって「コロナ離婚」だ「コロナDV」だ、
仕事を失った、住む家を失った…家族を失ったまでが起きているので、私は動きたい。
でも、こころなんかより体。身の安全、店の安全…という気持ちもよくわかります。
人それぞれ、同じコロナに出会っても、反応は様々です。

人と会って話して心が救われる。
体だけ生きていても心が死んでいたら生きた心地がしない。
体を守っても心を保たないと人間は本当の人として生きて行けない。

そういうことを感じたことのある人にしかわからないことかもしれません。
それでも諦めないで進もうと思っています。
こんな時だからこそ、メンタルケアできるよといつも以上に伝えたい気持ちです。

カウンセリングもいろいろで

大学や専門学校などでしっかりと心理学を学ぶ人も多いです。
お商売としてのカウンセリングはバカ高い金額だな~と感じますが、
授業料や何かがすごく資金が必要なようです。
私も、20代の頃から興味がありましたが資金問題で長年我慢していました。
我慢した結果、ますます狭き門になりました。
かつて、ハラスメントで自分自身が苦しむことになって、それまで以上に
人の心に気持ちが引きつけられ、苦しみを自力で克服した後にまあまあ安価に
学べるところを見つけました。
本来学び終えたらできるようなものでは決して無いのがカウンセリングで、
勉強は一生し続けることですから、勉強代は安いほうがいいです。
カウンセリングをする場合も、元手として使う金額が安い分安く提供可能。
困っている人から大金を取るなんていう非情な事をしなくて済みますね。

自分が苦しんだ時、1回に何万円も払ってカウンセリングを受けました。
私にとっては、それはなんの役にも立ちませんでした。

カウンセリングって、金額でも心理学的な知識の量でもノウハウの問題でもないと
身をもって思い知らされました。

人を助けたい気持ちがあるかどうか。
その人の苦しみを感じられるかどうか。

人間の心って、理屈じゃないのです。
理屈じゃ無いものを理屈で何とか……なんてできないのですね。

理屈やノウハウでものを言われて、提案されて「やるかどうかはあなた次第」
なんて言われたらどうしましょうか。
そういう対処療法的なことが知りたい人も大勢いらっしゃるので、それはそれ。
カウンセリング無しで本やネットのアドバイスに従ってお試しすればOKです。
けれど
対処法的なことを勧められてもやれない、そんなふうに動けない。
アドバイスや正論は聞き飽きた。
そんなことより、この苦しみをわかってほしい、取り除いてほしい。
そんな思いでいっぱいの人もいらっしゃいます。
当時の私は追い詰められていたのでこういう想いでした。

一言でカウンセリングと言いますが、種類は色々。
自分に合った物を見つけなくてはなりません。
私個人の経験から、最初は「クライアント中心療法」ができる人のところに
行くことがいいのかなと思いました。
何より苦しい気持ちをわかってもらうこと。
それが一番最初にすべきことで一番重要なこと。
その次に、ようやく自分がどうしたいかという希望や意欲が出てくるものです。

プロフィール

kokoromidokoro

Author:kokoromidokoro
こころみどころ双月のセラピスト

©こころみどころ双月2016/07/01

生きづらさや人に言えない悩みを抱えてしまった時には声をおかけください。
こころみどころ双月はあなたの思いに寄り添います。

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