自分の色彩感覚が影響するカラーセラピー

日本人の色彩感覚はとても優れています。
世界のどの国の人より自然の微妙な色合いを区別し、呼び名を与えてはっきりと認識しています。
自然が奏でる音を音楽のように愉しみ、様々な音にオノマトペ(擬音)を与えて認識しているのと同じです。
日本人のすごいところはその繊細な感性と、それが共通認識として存在しているところですね。
これはカラーセラピーにも表れて、西洋風のカラーセラピーではしっくりこないなと感じることが多々あります。

今日ご紹介するカラーセラピー料理は「金時人参のポタージュ」です。
普通の人参の色は日本の表現では「人参色」とそのままズバリの「橙色」より赤が濃い色。
ポタージュスープにしていくと、それが薄くなって「肌色」に近くなっていきますね。
金時人参はかなり赤いです。
ポタージュに作れば生クリームや牛乳を加えて行くにつれて「珊瑚色」からどんどん薄い方へと変化していきますね。
料理を作りながら、そんな色の変化を楽しむのも心にいいことです。

少しオレンジ寄りの赤に白を加えたこの金時人参のポタージュスープ。
これをピンクだと思う人はピンクの効果を、赤いと思う人は赤の効果、オレンジと思えばオレンジの効果を得られます。
色彩に繊細な人はオレンジ、赤、ピンクの効果を一度にとることができます。

リンク先の文面を読めば、作った人はオレンジと赤の効果を欲しがっていますね。
オレンジだと思えばオレンジの効果、赤だと思えば赤の効果が期待できます。
オレンジは焚火やお日様のイメージで暖まります。
寒くて動きが鈍る時期にオレンジで暖めれば、気持ちも体もほぐれて動きやすくなります。
赤はやる気とエネルギーの効果ですね。元気になります。
暖まってやる気が出てくれば、自然に行動力が発揮されます。
やることを片付け、やりたいことをやっていく。
やりすぎて空回りしそうな時はそこに一点の緑。
理性の緑を使うことで、安全のためのブレーキになりますね。

スープは煮込んでミキサーにかけるだけでできますから、気軽に試せますね。
いろいろな色の食材で試すと楽しくカラーセラピーできてよいと思います。

スポンサーサイト



暇より忙しいほうが好きです。

ふと気がつけば、1月も半ばに。この年末年始は忙しく過ごしました。
今週の初めまで、家族の事だけでなく、自分の事もたっぷりしました。
カウンセリングの勉強のために、家を離れて勉強会に参加し、12月から1月の間に7日間、自分の心としっかり向き合う日がありました。
通常の勉強会は月に一回で2日間で、計9日間も勉強に充てました。
マスク2枚重ねして、携帯用の消毒液を鞄に入れて、オミクロンで騒がしくなる中、無事それぞれの会場へ行き、帰宅。
次はいつチャンスが来るか、先は全く見えません。
参加できる時に参加して、悔いのないようにしっかり勉強したいです。
机に向かう勉強も必要ですが、人との交流こそがカウンセリングですから、機会は逃したくないものです。

今年の目標は、数年来変わらず、社会参加。
隔離された環境で暮らした経験で、社会との繋がり、人との繋がりの大切さをより深く知りましたから、周囲に人が居る状態で生活を成り立たせるのが先ず目標です。
コロナでの自粛やリモート流行で、このまま社会や人との繋がりが有耶無耶になってどんどん少なくなっていきそうな不安があります。
それは私にとって恐怖感にまでなってしまいます。
人間は社会的動物なので、社会や他者と疎遠になると不具合を生じます。

社会と分断されたボロボロの状態から再生した時に思ったのです。
生きていることがもう無意味なら、苦しい時に早々にお迎えが来てくれたはず、と。
なんだか少し早めに多くを学んだのに、苦しい時を過ぎたのに、こうして今もまだ生きている以上、何かやる必要があるのかもしれません。
だから、私はサボっているわけにはいかないわけです。
あの世からお迎えが来るまでの間、自分の残された役目を(それが本当は何なのかはわかりませんでれども)やれるように……。

2022年元旦に思ったこと

めでたい気分の人も、めでたくない気分の人も、年が明けましたね。
今年もよろしくお願いいたします。

私は、どちらかというと、清々しく元旦を迎えることが多い気がします。
それは、年末からの忙しいスイッチが入ったままだからかもしれません。

とにかく家事で忙しいのが12月。イベント事や大掃除、正月の準備の大量の料理など。
年が明ければお休み気分でダラダラする家族の世話。
お勤めしている時はそのまま仕事に行くので休みなしでしたし、失業中は家族が仕事や学校に行って世話がかからなくなる時間が取れるまで、気を抜くことができませんでした。
子どもの頃は、集まってくる親戚の世話でてんてこ舞でした。

ここ数年はなんとかお正月をダラダラ過ごそうと努力中です。
やっと手を抜ける環境を手に入れて、かつての物量、精神量の双方が、どれほどの負担だったのかをしみじみと感じています。

忙しいスイッチを切ろうとした結果でしょうか、今朝は元旦に蟻がちな妙な清々しさはほとんど感じませんでした。
それでも、窓を開けて最初に外の空気を吸った時は、キンと冷えた空気が体の中を洗ってくれるような気がしました。
実際は昨日と変わらない状況ですけれど、また一年を乗り切ったホッとした感じはありますね。
今年は何かいいことが……と、今は残念ながら思えませんが、ここ数年続けているように丁寧に日々を積み重ねていくことが自分にはいいのだろうなと思えています。

一日いちにちを積み重ねることで、一日いちにちと周囲の状況や環境も、自分の気持ちも変化していきます。

「変化する」
それだけで、プラスです。
人は自らよりよくなる方向へ、居心地がよい方向へと無意識に進むいきものですから。
今年もたいして変わらないようでいて、気がつけば変化している年になることでしょう。
マイナスばかりに目を向けず、プラスのほうにも平等に目を向けたいですね。
欲張りすぎず、少しずつ。焦らず、着実に。

「願望」にまつわる私の個人的体験

年の瀬。すっかり疲れ切って、クリスマスソングが恨めしく響き、正月のぬくもりも望めない悲しい気持ちの人も多いです。
心配事がたくさんある毎日を、一日いちにち、必死で乗り切っていますね。
コロナだからという人も、それ以前から大変だという人も数多いです。
平和で豊かという日本のイメージは形骸化しているように感じます。
年の終わり、自分も終わりたくなる気分になる人もたくさんいらっしゃいます。
そんな中で、ふと、今日は個人的で変な?死と生について思ったことを書いてみたくなりました。

不平等な世の中で、不平等な人生の中、一つだけ平等なのは全員が死に向かって生きているということだなぁと思います。
死は自分でそこに向かって一生懸命頑張らなくても、時が来れば確実に訪れます。

私は10代の頃からずっと「早く死にたいものだ」と思って生きてきています。
家庭も、学校も、職場も、婚家も、常に緊張を強いられ、有言無言の圧力がかかって、気を緩めていられる時がほとんどありませんでした。
モラハラに晒された生活が長くて、そこから抜け出すこともかなわないと思っていましたから、ありがちな考えでしょう。

そういう環境で何十年と過ごすとプラスエネルギーを失っていきます。ポジティブな思考が失われるのですね。
マイナスエネルギーが溜まり、ネガティブ思考に傾き、視野は狭くなります。体も異常状態になり、正常に動かなくなります。

とうとう気力が完全に尽きた時がありました。
いつも「早くお迎えが来ないかな、死にたいな」と思っていたのが、それも考えられなくなりました。
すべての希望が失われたのです。
「死にたい」とは希望です。願望です。こうしたい、ああしたい。遊びに行きたい、ご飯食べたいと同じことで、後ろ向きと言われようと、「死にたい」はまごうこと無き「願望」で未来への行動への欲求です。
私の最後の願い「死にたい」の更に奥にあったのは、「私は人間だ(人間扱いしてくれ。人間になりたい)」という思いでした。つまり「感情のある人として生きたい」という「真の願望」が隠れていたのです。

でも、そこまでマイナスエネルギーが充満すると、もう頑張れないのです。
自分でそれを行動に移すようなエネルギーはすっかり失われて、体力が無く日常生活も大変ですし、思考力も無くて考えも浮かびません。
最低限の生命維持をしているだけの空っぽの物体になっていました。
そこで、やっと人の手を借りました。相当遅かったですが、自分の復活再生にはなんとか間に合いました。

現在、今までの人生の中で一番心が平らかで、プラスエネルギーがあります。
感情を大切にする生き方をすると、エネルギーが溜まるのを身をもって知りましたから、実践中です。
私は「感情を中心に生きる生物=人間」になりました。
相変わらず生活苦で、自分含めてどこかしら問題のある家族を抱え、クリスマスソングは恨めしく響きましたし、お正月は気が重いばかりです。
相変わらず破滅に向かって進んでいるような状態ですが、どこへどう進もうと、いずれ時が来ればめでたく?死を迎えます。それは自然の摂理であって、決定事項です。
今はまた「早くお迎えが来ないかな~」と願望を抱けるような幸せを享受できるようになり、破滅への恐怖は以前より漠然として薄れてきています。
どうせいつか死ねるのだから、大丈夫。毎日を小さく楽しみましょうという感じです。
「死に向かってプラス思考で元気に生きる」
今の私はそんな感じです。
すっかり変人になりました。

「死にたい」等ショッキングにきこえる内容であろうとも「願望」。
それがあって実行できるぐらいまだ頭と体が動くなら、その頭と体を使って気持ちをわかってくれそうな人を訪ねて、その気持ちを話してください。
周囲に誰も思い当たらないと思ったら、ダメ元かもしれませんが、こころみどころにお越しください。
遠くて来れない人は、自分の気持ちの奥を探ってください。
人はどんな状態からでも「願望」があれば、より良く変われる生きものですから、あなたの「願望」の奥にある「真の願望」を見つけて表に出してやってください。
きっとそれはあなたをあなたたらしめる、大切なプラスエネルギーの素かもしれません。

カラーセラピー料理の活用は……

カラーセラピーは原則知識を得れば誰でもできる便利なものではありますが、単純にこの色はこういう効果がありますということでカラーセラピーを使うと失敗することがあります。
自分の望み、欲の方向ばかり見て、本当の自分の深層心理、自分の状況の客観的把握を考慮せずに使うと、だいたい失敗します。

「こうなりたい」はとても大切です。
けれども、闇雲に突っ切って上手く行くのは常識的には難しいですね。
自分の実力、状況と周囲の人や状況などの環境がうまくマッチして良いタイミングが来て上手く行くものです。

今日は久しぶりにカラーセラピー料理の紹介です。
いつもここで紹介するカラーセラピー料理は「この色を使ったら誰でもこうなる」という原則理論だけでなく、「こんな状況の時にこんなふうに使うとこういう作用がありますよ」という紹介です。
色と効果だけでなく、使う背景などが書かれているのでリンクで紹介するようにしているのです。
紹介する料理名にリンクがはってあります。リンク先の記事での使い方を参考にしていただければ幸いです。

さて、今回は「トマトキムチ鍋」です。
トマト鍋とキムチ鍋をくっつけたもの?のようです。
双方の旨味と栄養がプラスされ、色の赤さも増していますね。
長期にわたってのエネルギー不足を抱えた人と、体調不良を抱えた人。
それでも周囲の状況によって、じっくり休んでいられない様子です。
疲れている、エネルギーが足らないなら充電期間を設けて休みを取りたいところです。
通常なら、そういう時は緑色。

ですが、緑で休みを取っていられる状況ではないのでしょう。
その場合、休まずに体力と気力を維持して、忙しい期間だけ乗り切りたいという考えを優先するなら、赤。
そこで赤が選択されています。

赤は血の色。全身を巡って酸素や栄養を行き渡らせ、エネルギーの色。
さらに地面に近い色で、足下をしっかり固める力もあります。
気持ちだけで突っ走らず、大地のエネルギーを取り込めますね。
お鍋の外側が赤の仲間のピンクのようです。
中は黒で、嫌なものをはねつける強さを生む色。
野菜の緑で赤に走りすぎないブレーキも備え、卵の黄色で計画性も出てきます。
状況が許す時が来れば緑を処方してしっかり休んでいただきたいですが、期間限定、年末年始の半月程度ならこのお料理の色の考え方でいけると思えます。

その人の一部分を見てカラーセラピーの理論を当てはめるのではなく、心身両面、物理的環境、時期等々を客観的に全体として捉えた上で活用するとよりよい効果が出ます。
それらを考慮してきちんと色を処方するのがプロのがカラーセラピストだと思っています。

プロフィール

kokoromidokoro

Author:kokoromidokoro
こころみどころ双月のセラピスト

©こころみどころ双月2016/07/01

生きづらさや人に言えない悩みを抱えてしまった時には声をおかけください。
こころみどころ双月はあなたの思いに寄り添います。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR